現代文ができない人とできる人の違いとは?

「現代文はセンスだから、できる人は勉強しなくてもできる」

もしくは

「現代文ができない人はいつまでたっても出来ない」

だとか

そんなことを誰かに言われたり、自分の成績がいつまで経っても伸びてくれないから、思い込みで自分に言い聞かせたりしてはいませんか?

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だとしたら、それは大間違いです。

仮に勉強しなくてもできる人にはできて、現代文があまり得意でない人にはいつまでたっても成績が伸びないような科目だとしたら
そんなものを文部科学省のエリート集団が学校教育の科目として取り扱うでしょうか?

理系の国立大学においてもセンター試験にて国語の受験が要求されます。いわんや現代文。

「じゃあどうしたら現代文ができるようになるんだよ!」

まあそう慌てないでください。
現代文ができるようになるために必要なことについては、また別の記事にしたいと思いますが、今回はもう少し視野を広く持つためのお話をしたいと思います。

現代文という科目は、数学や英語と似ている部分があります。

まあ、これらの科目の本質を理解している方々にとっては
「何を言っているんだ、そんなの当たり前じゃないか」とツッコまれてしまいそうですけどね。

しかし、これまで現代文が苦手だったみなさんや、勉強を比較的受動的な態度で行ってきた方にとっては
「何を言っているんだ、全部別の科目じゃないか!」と思われていることでしょう。

上記の1行がどんな意味を持っているのか、この3科目の共通点とは一体何なのかが知りたい方は、もうしばらくお待ちください。
それについても記事が一本かけてしまうような内容ですので、また後日。

回りくどくて申し訳ありません。
実は現代文という科目の話になると、あまりに論点が多岐にわたり、たくさんのつながりを見いだせてしまうため、ひとつの記事にきれいにまとめ切るというのはなかなか難しいところなのです。
なのでこの記事も書き終わって投稿された後に何度も修正を受けると思いますけどね。

さて、少しここで思い浮かべてほしいことがあります。

みなさんの周りにいる、いわゆる「現代文ができる人」は、”ある程度物分かりが良かったり””数学とか英語とかすごく得意ってわけでもないけど、大きく苦手でもない”ような人が多くありませんか?

そういう人たちに共通して言えることは

これら3科目を通して必要となる「目」を持っていることです。

換言するならば、もともと勉強をそんなにしなくても現代文の点数がある程度取れる人というのは、現代文で得点をするために必要な「目」がもともと備わっている。というだけのことです。

それに対して現代文が得意でない人たちは、この「目」が”まだ備わっていない”だけ。

この「目」を持つことはさほど時間はかかりません。ですので、すぐに「もともと得意な人たち」に追いつくことができます。

しかし、それだけでは足りない。

追い越すにはどうしたらよいのか?

「目」をさらに養う必要があります。

具体的に言ってしまえば

(もうこれは答えなのですが)

「目」とは「問題文の読み方、視点」であり

「養うこと」とは「現代文の正しい勉強の仕方」です。

これを読んでお分かりいただけたかと思いますが、目を持つだけでは現代文で十分な点数を取ることはできません。

さらに「目」を養っていく必要があること、理解できますよね。

だから、本稿の冒頭で申し上げたように、現代文はセンスだから点が取れる人はもともと取れるだとか、勉強しても取れない人はいつまでたっても取れないだとかいうことは間違っています。

もともと出来る人たちが持っている「目」を、できない人たちは”まだ持っていないだけ”です。

これが、できない人とできる人の「違い」です。

「目」を手に入れる方法、その目を「養う」方法については、また後日。
現代文シリーズとして、個別に記事を書いていきたいと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

本稿があなたの学習の手助けとなることを、願ってやみません。

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